Mar 21
神楽坂の家の退去が完了した。失くしていた眼鏡が洗濯機のうしろから見つかる。5月1日から木村松本建築設計事務所に行く。メールの返事がいつもなかなか来ないので歓迎度合いがいまいちわからなく不安だけれど、訪問させていただいたときには、勝手になにか近しい種類の誠実さみたいなものを感じて嬉しかった。ひとまずは普通に普通の役立つことをやる、というのを目標にしたほうがいいかも。自分の場合はとくに。鳥取のときの、ベーシックなものから発展させたら結構進みがよかった感覚を忘れずにいたい。なんでもかんでもべらべら話すわけにはいかないけどどんどん忘れてしまうのも勿体無いので、自分のためだけに記録をつけることにした。
Mar 22
引越先はまだ本格的に探せていないのだけれど、ひとまず引越業者をおさえることができてすこし安心。内見の候補を洗い出したい。vector久しぶりでおぼつかないのでおろおろする。保険料の手続きの書類も揃えないと。これは絶対に今日中。去年1級の試験を受けたときに、( まあ製図ミスってるしまだまだなんだが... ) 慣れは手を早めるな...ということを実感できたのは自分にとってよかった気はしている。バランスの悪い能力値だけれど、少しずつ進歩していると思いたいところ。夜になって引越業者の詐欺を疑いはじめた。いい加減にして家探す。
Mar 23
トレースするぞと住宅特集購読してba hütte.を印刷した。しかし今日はオフっぽい日。大岩+富田+メーンでカラオケ。町内会のようで楽しかった。かつて展示などで協働したり撮影してもらったりしていた人と、そのときより仲良くなって継続している感じはうれしい。友達からとても悲しく、けれど部分的には安心することもあるような連絡が届いた。巡り巡っていい結果になってほしい、取り返しのつかないことは難しい。引越を疑う気持ちは変わらず、単身パックでもう少しいいのを探せるかも?と思ってきた。明日電話する。
Mar 24
東京にいるあいだに行っておきたい場所に行くことにしている。なんとなく話したことがなかった人だとか、作品を微妙に知っていた人だとか、一方的に遠くから見ているつもりだった人だとか、そういう相手はふとした拍子になんとなく敬遠してしまう対象になったりするんだけど ( 数年前そんな感じの思いを抱くことがしばしばあった気がする ) ふつうに近づいてみると結構共感できたり味方のように近くに感じたりすることも多い。もちろん、自分のことを ( キャリアや作品スタイルの差などで ) 本当に対等に思ってくれているだろうか、みたいな緊張関係も生じる。緊張関係が生じるから全部が全部気楽で楽しいというわけではないけど、ふと悩んで暗くなったりしたときに結構支えになってくれたりもする。心のどこかで制作の話は対等にできないな、と感じていた友人関係より健全だと思うこともあるし、相手を選んでいるようですこしあさましいような気分になったりもする。ごちゃごちゃとした関係性の損得みたいなあさましさを遠くに追いやって、素直に楽しいと思える関係性を守り続けたいと思う。そのときに排除してしまっている相手もいて、( そんなに博愛主義じゃないけど ) ちょっと気が引けたりもする。自分がこういう対話を獲得していきつつあるのも、半分は努力だとしても、半分は巡り合わせやさまざまな出力による偶然であるからだと思う。そんなことを考えるのは、卒業する前以上にすこしずつ信頼が増しているような同期2人との最近の会話だとか、呆れながらちまちまとした悩みの相手をしてくれているかつての共同制作者とか ( 愛でしかない ) そういう関係がある一方でふいに届く気味の悪い匿名メッセージなどがあるからで、気持ちわりーやつだ、そんなバカ放っておけ、と思うことは簡単だしそうするけれども、なにかべつの巡り合わせの連鎖の先にそういう不気味な出力以外のものがあったかもしれないと思うと、どうにも紙一重というか、やるせない感じがする。それはさておき、今日はるいちゃんに餞別をもらったり、後輩たちが設計した内装を観に行ったりしていい日だった。ラワンベニヤの塗装でも結構高級感がでるのだなと思った。沈み込むような艶のある色はいい。道で焼き鳥も食べた。
Mar 25
わりとだらだら過ごした。ba hütte.をざっくりvectorで起こしてみる。細かい部分以外を引くだけでも結構時間がかかってしまったので、明日は午前中にべつの建物の通り芯・柱・梁くらいまでを1時間で起こそう。新人所員のための木造住宅、をオークションで落とした。寝る。
Mar 26
設計者にできることのひとつに、限りあるお金や空間を最適な場所に配置する、ということがあるとして、ただそこで貧しいなりの豊かさを追求できてしまうことが、どんどんと苦しいことは工夫が足りないことだ、うまくやればこんなに狭いスペースでも少ないお金でも、ずっと快適に暮らせるだろう、という流れを作ってしまうのではないか、といううっすらとした危惧がある。とはいえ、場所の狭い広い、富裕も貧乏もお構いなく、快楽のつよい空間がこの世に増えるのはいいことだ、世界全体が ( おそろしいほど広いけれどもそれでも限りのある ) もので、それをさらに土地の権利や売り買いで細々と分割して、その先の再配置をがんばりたい。今日はhouse T / salon Tの図面をざっと書いたが、サッシの書き方を1回ディテールでちゃんと見ないと、新建築データからの印刷ではとても正確に見られない。乾久美子のアパートメントIのテキストが妙に正直で面白かった。それこそ狭小のなかでの再配置の話。( https://shinkenchiku-data.com/articles/SK_2007_08_062-0 )
Mar 27
今日はタンネリウムに行って、そのままダンスクラスへ。京都に行くことを伝えておけてよかった、なんか数回参加して飽きてしまったような感じに見えたら申し訳ないし、と思っていたけど、なんとなく他者に対するそういうちまちまとしたことを最近気にしすぎている気もしてきたので、しばらくは自分がしゃきっとしていたらOK!という気分でいることにする。動きの基礎トレーニングのクラスは、もう少しテクニカルに踊ってみたいような気持ちにもしばしばなるのだけれど、なんとなく鵜飼のワークショップを思い出して不思議。この延長に動きや重心や他者との距離感の変化がありそうな気がするのと、いったいどのような身体の認識を持っているのかが気になるので、もう少し継続してみられたらよかった。京都でなにかべつのスタジオだとかを見つけられたらいいのかも。週一くらいでメンテナンス的にグニャグニャと動けたらいいな。タンネは、ロケーションも設計の合理性も爽やかで風通しがいい。るいちゃんの設計は、手癖がうまく活かされているように見えつつ、実際のところがかなり明快な判断の積み重ねで行われているのが建築家らしくていいな〜と思う。さよさんとくまやくんとも話せてよかった。自分がいることで世界をよりよくする、というの、どうやったらいいか悩むな。明日も図面触って、物件もう少し絞って、京都への交通手段とる。